2016.04.14

今を生きる女子の、嘘と希望と愛の物語 『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー

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3月26日に公開され、話題沸騰中の映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』。黒木華、綾野剛、シンガーソングライターのCoccoという魅力的なキャスティングはもちろん、『スワロウテイル』(96)、『リリイ・シュシュのすべて』(01)、『花とアリス』(04)等、うつくしい独特の世界観で多くのファンを虜にしてきた岩井俊二監督作品という、その一点で劇場に足を運ぶ人も少なくありません。仙台出身である岩井監督が、3.11直後から取り組み始めたというこの物語。その思いをインタビュー!

世間の枠組みから外れていくことで、ちょっとだけど強くなれる

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黒木華さん演じる七海という女性が、世間のスタンダードからどんどん外れていく一方で、彼女自身のマインドはどんどん明るく前向きに上がっていくという。そんな対比が印象的でした。
今を生きている立場の彼女から見えてくる、現代のいろんなありようを描いてみたいと思いました。

七海というのは、まわりに流されて生きている感の強い女性ですよね。
今の社会システムをしんどいながらも受け入れて生きていると、あんまり反発もできないじゃないですか。だから流されるしかないっていうのは、あると思うんですよね。もちろん、わがままに生きている人もそうじゃない人もいろいろな人がいると思うんですけど。いずれにしても、世間から当たり前と思われているから枠組みからどんどん外れていくことで、その人の中で眠っていた細胞が呼び覚まされるということはあると思うんですよ。今までと違う輝きを放っていくというか。それによって、ちょっとだけど強くなれることはあるかと思います。

確かにこの七海という女性は世間の常識というものから外れていくし、環境的に堕ちていくようにも見えますが、必ずしもそれが不幸なわけではないですね。後半になるに従って、彼女の表情からそう感じました。
堕ちているように見えるというのが映画前半のアヤで…。それって本当に堕ちているんだろうか?っていう問いかけでもあるんですよね。実は逆に解放されていったり、上に昇っているかもしれない。学校の先生からコンビニのバイト、主婦、邸宅のメイド…と職業が変わっていくだけで、彼女自身の内面は上にも下にも変化していないようにも見える。まわりの人から見れば、不幸になっていくようにも、逆に幸せになっていくようにも捉えることができますが、3時間かけて七海を描きながら実は彼女自身はちょっとしか成長していないのかも。

女性の成長物語ではない?
成長物語ではあるんでしょうけど、ただもうほんとに服をひっぱられて少し肩が見えたぐらいのちょっとの成長しかしていないのかもしれないですね。でもそのちょっとの成長って、人間にとって実は大きな変化だと思うし、そのわずかな成長を描くために3時間かけました。彼女がずっと耐えている状況があるなかで、見ている側のまなざしが変わっていくことも、また違った変化を起こしているんだろうなあと思います。

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そんな物語の中でキーマンになるのが綾野剛さんです。綾野さん演じる安室の悪人ぶりも見どころですね。
もともとユニークな人だと思っていたんですが、以前一緒に仕事したことがあって、あまり役者さんらしい感じのしないアーティストな人だなとあらためて思いました。ひょっとしたらいずれ自分でプロデュースしたり、監督をするようになるのかもしれないですね。そういう自分の主張を持っている人だなと思います。

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    今回の撮影ではいかがでしたか?
    ネタばれになっちゃうので詳しくは言えないんですが、どう撮影しようかなというシーンがクライマックスであって。アングルが制限されるし、このシーン成立するのかな?という。でもそこを本人がこんなんじゃ演れないって制限を取っ払って吹っ切ってくれて、こちらとしてはすごくやりやすかった。

    役者魂ですね。
    なんと表現していいか。僕は役者じゃないんでよく分からない(笑)。

黒木華さんは、根っこに健康的なものを持っている人

黒木華さんについてはいかがですか? 彼女を起用することはあらかじめ決まっていて、脚本を書かれたんですよね。
黒木さんとは以前2年近く一緒に番組をつくっていて、今回の映画はそのチームでつくった映画なんです。この映画に取り掛かってから3~4年の間、頭の中に黒木さんしかいない状態で、それでも飽きないというのはやっぱりよっぽどじゃないかなと思いますね。ちょっと時間を置いてみたり、またいいところを見つけてみたりっていうのを繰り返すことが多いんですが、今回はあまりそういうのがなかった。そんなところからも非常に懐の広い人なんだなと思います。演技力がどうこうというより、生まれ持ったものなんでしょうね。決してわかりやすい人ではないけれど、でも根っこに健康的なものを持っているので、彼女を見ている人は安心するんじゃないでしょうか。わりと不幸な役を演じていても根っこの部分は健康的なので、だから…

希望がありますよね。
もうちょっと不健康な人だと、見ている側が先にあきらめちゃうんですよね。はいわかりましたじゃあどうぞって、そこで終わっちゃう。だから健康的なことってとても大事だなあと。こんな過酷な話でも、どんな過酷な状況でも命の炎が燃えているので、見ている側もついていけるところがある。長く第一線で頑張っている女優さんは、みなさんそういう生き物としての強さを持っていると思います。だからあんなに大きいスクリーンで、何百人もの視線に耐えられるし、逆に小さな舞台の端役でも多くの視線を引きつけられるんでしょうね。

映画タイトルにも「花嫁」とありますが、全編に通して「結婚」というモチーフが散りばめられています。
結婚式をまじめに撮ろうとするとあまりにも笑えるというか、壮大なお芝居になってしまうんですよ。みなさんがまじめにやっている結婚式を映画にしようとすると、どうやったって変になってしまう。今まで映画に出てきた結婚式の大丈夫だったシーンって、ほとんどないんじゃないのかな。あ、でも昔※『ディア・ハンター』という映画があって、それに出てきた結婚式のシーンはすごかった。いつまでたっても終わらなくて、ありえないぐらい全編ドキュメンタリーのように撮っていました。

『ディア・ハンター』
ベトナム戦争の帰還兵を描き、作品賞をはじめ5部門でアカデミー賞を受賞した1978年のアメリカ映画。マイケル・チミノ監督。ロバート・デ・ニーロ主演。

本作も結婚式のシーンは多いですよね。
この映画の比じゃないですよ。ここいらないだろうっていうシーンが延々続いた後で、いきなりベトナム戦争の話になって新郎がこんなふうに(倒れる真似)なっているんですよ(笑)。そのシリアスとのバランスをとるために、前半の長い結婚式が必要だったんでしょうけど。今思えばあの映画の影響はあるかもしれないですね。『リップヴァンウィンクルの花嫁』では、式場の通常の段取り通りに結婚式を行って、そこに役者をはりつける撮り方をしました。チャペルのシーンも牧師さんやスタッフさんを撮影した式場の方にお願いして、普段通りに進行してもらいました。

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僕は排除されている側の人間を描きたい

それであんなにリアルな結婚式シーンだったんですね。さて、震災後初の映画ですが、監督にとって震災とは何だったんでしょうか。
震災前は自分にとってやりづらい時期だったと思います。いろんなもの、不都合なものを全部隠してみんなが納得していた、そんな時代だった気がしますね。KYと言う言葉がありましたが、とても排他的な空気だったなと。本来、人それぞれ違うわけだから空気読むも読まないもないじゃないですか。でも同じ人で集まればいい、違和感のある人は排除しちゃえばいいという風潮だったと思うんですよ。でも僕は排除されている側を描きたいのであって、空気を読んでいる人たちのことは描きたくない。だから海外に行ったというのはありますね。作家って、そういう行動原理で動くものなんですよ。

そして震災が起きました。
もうKYっていう言葉自体が死語だと思いますが、期せずして誰とも分かり合えない世界になっちゃった。たとえば原発の事故をみんなのなかでどう扱っていいか分からないように。相変わらずそこでも空気を読もうとする人もいるし、震災が起きたって何も変わっていないと言いたい人もいるし、いやもうすっかり変わってしまったじゃないかと言う人もいる。何だか噛み合わないですよね。いびつな世界だと思います。でも、僕のようなマイノリティな人を描くマイナーな映画をつくる人間からすると、やりやすくなったなというのはあります。ひねくれたものを作ったり見たいと思う人が増えたと思うし、僕のお客さんが増えたな、みんな少し目を覚ましてくれてよかったなという感じです。もちろん震災をそのままテーマにしたわけではないですが、結果的にこの時代だからこそ作れた作品だろうし、今の社会の何かを映し取れたかなと思いますね。

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《取材をおえて》

作品について、キャストについて、そして震災について…。限られた時間の中でたくさんお話しくださった岩井監督。「下流社会」という言葉が日常語になり、下に落ちていかないためにはどうすればいいかというハウツーが世の中に溢れかえる今だからこそ、見る人に希望を感じさせてくれる作品だと思いました。そして、作品とは直接関係のない映画『ディア・ハンター』の結婚式シーンについてとても楽しそうに語ってくれた監督の姿に、映画すべてに対する愛情を感じました!

『リップヴァンウィンクルの花嫁』

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©RVWフィルムパートナーズ

公開日 2016年3月26日(土)
監督・脚本 岩井俊二
出演 黒木華 綾野剛 Cocco
原作 岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(文藝春秋刊)
宮城県内の上映館 フォーラム仙台
公式サイト http://rvw-bride.com/

物語
舞台は東京。派遣教員の皆川七海(黒木)はSNS で知り合った鉄也と結婚するが、結婚式の代理出席をなんでも屋の安室(綾野)に依頼する。新婚早々、鉄也の浮気が発覚すると、義母・カヤ子から逆に浮気の罪をかぶせられ、家を追い出される。苦境に立たされた七海に安室は奇妙なバイトを次々斡旋する。最初はあの代理出席のバイト。次は月100万円も稼げる住み込みのメイドだった。破天荒で自由なメイド仲間の里中真白(Cocco)に七海は好感を持つ。真白は体調が優れず、日に日に痩せていくが、仕事への情熱と浪費癖は衰えない。ある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出す。

【仙臺いろは編集部 H】

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