『夜は短し歩けよ乙女』、『有頂天家族』など、多くのベストセラーをもつ森見登美彦さん。数ある森見作品の中でも、少年のひと夏の成長を独特の世界観で描いた『ペンギン・ハイウェイ』は、その瑞々しい作風から多くのファンに愛され続けています。
その『ペンギン・ハイウェイ』を、今アニメーション界で注目を集めるクリエーター・石田祐康さんがアニメーション化! 公開を記念して来仙した石田監督、そして小学4年生のアオヤマ君の声を演じた女優の北香那さんに、作品に対する思いを語っていただきました。
小学4年生のアオヤマ君は、毎日世界について学び、学んだことをノートに記録している賢い男の子。アオヤマ君が今何より気になっているのは、通院中の歯科医院の気さくで胸が大きくてミステリアスな“お姉さん”だ。
夏休みを翌月に控えたある日、海のないアオヤマ君の街に突如ペンギンが現れる。突然現れ、どこかへ消えたペンギンたち。そしてお姉さんがふいに投げたコーラの缶がペンギンへ変身するのを目撃したアオヤマ君に、お姉さんは笑って言う。「この謎を解いてごらん。どうだ、君にはできるか?」
森の奥の草原に浮かぶ透明で大きな球体、異変が起きるお姉さんの体調、街を襲う異常現象…。街中に避難勧告が発令される中、アオヤマ君は「一つの仮説」を持って走り出す――。少し不思議で一生忘れない、夏が始まる!
読んだ人によって印象が変わるお話
石田:この小説はなんとも言えない不思議な作品なんですよね。ストレートに少年の物語というだけでもなく、いろんな要素が含まれていて読んだ人によって印象が大きく変わるお話だと思います。森見さんの野心なのか遊び心なのか、この話は好きだからいれちゃおう、このエピソードも素敵だからいれちゃおうって森見さんの好きなものがいろいろたくさん詰め込まれている小説だなぁと。最終的には、あったかい気持ちになるんですけど。物語の中盤のエピソードはバラエティに富んでいますが、その要素すべてが自分の琴線に触れてくるんです。
――謎解きあり、淡い初恋あり、クラスメートとのいざこざあり。
石田:そういう純粋な小学生時代のあるある話から、この少年の妄想はどこまでいっちゃうんだろう?っていう宇宙や生命の進化に関する空想ネタもあったりしますよね。途中途中で覚えた言葉をノートに書き記していく少年の姿も、なんだかすごいシンプルに本来あるべき知的好奇心だなと思えて。あとはもう、“お姉さん”ですよね(笑)。
――北さん演じるアオヤマ君は、そのミステリアスなお姉さんに憧れる少年ですが…。
北:ショタボって言われてます私。ショタボイス(笑)。
石田:あはは、それある意味、いい称号かもしれない。
北:うれしいです、私(笑)。
エピソードが豊かすぎて選ぶのがしんどかった
――なかなかカオスな内容ですよね。
石田:そう、下手するとほんとにこれはまとめられないんじゃないか?という怖さがあったんですけど。でもエピソードの全部が全部魅力的すぎてどれも外せないし、そのてんこもりなところですよね、やっぱり。
――どれかひとつというより、いろんな要素がリアルに噛み合って出来上がった世界観が決め手だったと。映像化にあたってこだわった点、もしくは苦労した点は?
石田:今の話とそのまま直結するんですけど、エピソードが豊かすぎて選ぶのが大変だったことです。最初に森見さんに企画書を送る段階で、率直に原作の面白いと思ったエピソードをたくさん絵で描いたんですよ。
――絵コンテみたいなものですか?
石田:その前段階のイメージボードみたいなものです。A4用紙に5コマ分を印刷してその中にこのシーンはこういう絵になります、という絵を描いていったら、それだけでも100シーン以上になってしまい…。それをそのまま映画にしたら3時間4時間いってしまう(笑)。それぐらい描きたいエピソードがたくさんあったのに、映画の中にはほとんど入れられなくて。MV風に音楽だけで夏休みを表現するシーンは、原作では何ページにも渡って書かれていたものがたったの2分。泣く泣く省きました…それが苦渋の選択であり心苦しくもあり、森見さんはじめ原作ファンのみなさんすみません、という一番辛かったところですね。
――取捨選択が大変だったんですね。
石田:そうですね。取捨選択プラス、選択したものの料理の仕方が大変でした。
はい二重丸!!なオーディション
北:緊張しすぎてほんとに覚えてないんです(笑)。ただ、いろいろいくつかセリフをやらせてもらう中で、一番最後のエピローグのシーンをやらせていただいたら監督が良かったって言ってくださって。そこは私もすごく感情移入してできたシーンだったのでよく覚えています。
――監督はその時のことを覚えていますか?
石田:ええもちろん。本人を前に言いづらいですが、その面接官みたいなところがあったので、ポイントを絞って演技だとか声質だとかいろんな要素を評価していくんですけど、最後のシーンを読み上げられたときに、これは!二重丸!!っていう。
北:(笑)。
――それぐらいピンときたと。アオヤマ君は小4にしては真面目で堅苦しいところもあれば、なかなかおませで多感な面があったり、意外な行動力があったり、いろんな面のある少年ですよね。性別も年齢も違う、そんなアオヤマ君を演じてみていかがでしたか?
北:アオヤマ君ってほんとにまっすぐだから、私自身も憧れるというか、アオヤマ君みたいな面が欲しかったなって思いながら演じていました。私に無いものを持っている子だし、羨ましいなって思うところがたくさんあって。演技が難しかったというよりは、キャラクターに入りこんでアオヤマ君と一体化しながら演じていたので感情が自然に出てくるところがあって、演じながらじーんときたりしました。
石田:僕もどんな少年像が正解なんだろうって悩んでいて、最初は的を得れずに森見先生に企画を断られたぐらいなんですけど、声もね、すごく悩んだんですよ。ひねくれたオタクっぽいイメージがいいんじゃないか?っていうスタッフもいましたし。自分でもどうすればいいんだろうって思っていたところに北さんが来たんですよね。澄んだ声質とまっすぐな演技。それは悩んでいた僕にとって良い意味で裏切られたアオヤマ君で、ピタッときてくれた。うん、そういうことだと思いますね。うん、なんか…それだなぁ(しみじみ)。
北:あはは(笑)。
年上の女子的にたまらないシーンは…
北:いっぱい言いたいところですけど、私が一番好きなのはアオヤマ君が憧れのおねえさんの家に行くシーンです。私も憧れのお姉さんがいたので、そのお姉さんのおうちに行くと隅から隅まで見てしまって(笑)。
――(笑)。
北:それを思い出して、アオヤマ君もきっとドキドキしただろうなって。普段とは違ってほっぺたも赤くなってちょっと照れ臭そうにしてるアオヤマくんっていうのが、なんかほんとに…年上の女子からしてみれば、たまらないポイント。かわいいなぁ~!って思うシーンだったので、そこが一番好きです。
<インタビューを終えて>
“果てしない世界の謎”を追う先の読めないストーリー展開に、思春期一歩手前の男の子の透明な世界観がクロスした、夏にふさわしい青春ファンタジーの本作。映画や原作について熱く語る石田監督は、旺盛な探求心を心に秘め熱中し出すと止まらないアオヤマ君にどこか似ているような…。そんな監督を笑顔で見守る北さんは、さながら作中の“お姉さん”のようでした(笑)。
二度と戻ってこない青春の眩しさと切なさ、そしてこれから歩いていく人生の先に見える希望を予感させるラスト。その余韻が冷めやらぬうちに流れ出す宇多田ヒカルさんの主題歌『Good Night』は感涙必至です。
『ペンギン・ハイウェイ』
原作 森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』
監督 石田祐康
脚本 上田誠(ヨーロッパ企画)
制作 スタジオコロリド
配給東宝映像事業部
公式サイト http://penguin-highway.com/
TOHOシネマズ仙台、MOVIX仙台、109シネマズ富谷、イオンシネマ石巻、イオンシネマ名取にて、公開中!
【ライター 鈴木紘子】【撮影 小野寺真希】